澤 温 医師
当院の理事長・関口秀文が精神医療を学んだ大阪の医療法人北斗会さわ病院の会長を務めておられる澤先生。
当院の顧問として、月2回現場に入り、指導をいただいています。
杉本 龍史 先生
当院の常勤医師として、内科を担当しています。救急診療と総合内科に従事し、その知識と経験を用いたER診療や研修医指導、救急部門立ち上げ/船医、在宅医療、ドクターカーなどの現場活動に取り組んでこられました。
大平下病院のめざす「心も体も診る病院」
私のパーソナルなヒストリーで振り返らせてもらうと、私が大学を卒業したころは研修制度がなかったん※1ですよ。精神科医になると決めてたけど、ぜんぜん体を診れない医者になるのは不安だなあということで、精神科のある総合病院に就職したんです。
全人的な医療を重視するとして、2004年~新臨床研修制度がはじまり、国家資格を取得した医師は、必ず2年間の研修でさまざまな診療科をまわることが義務付けられた。
「ハンセン病」「結核」「精神疾患」は医療から外されてきたという歴史があって、その総合病院も当時は精神科の病棟だけ道を隔てたところにありました。ただ、孤立しているわけじゃないんですね。身体の病気で困ったことがあったら電話すれば教えてくれる、来てくれる、引き取ってくれる。こういうやりかたがあったから、私は「機能的総合病院」と呼んでました。
建屋は分かれていても、連携がとれていて、総合病院として機能していたということですね。
大平下病院も、ミニ総合病院的に「体も心も診ますよ、必要なときには他の医療機関と連携しますよ」という動きをしていくんじゃないかなと見ています。
変わりつつある「精神疾患」への認識
なんで機能的総合病院が必要かっていったら、もともと人は心と体をもったひとつのものだからってことですよね。今でこそあたりまえになっているけど、昔は「精神の病気は別のもの」という認識が一般の人にあった。「私らとは関係ない」っていうね。
今はだいぶ認識が変わっていますよね。
良いか悪いかわからないけど、「うつ病」が非常に多くなった※2というのがありますね。それから、もうひとつの大きな因子は認知症の急増ですね。2010年くらいから認知症の方の入院がビューンと増えとるんです。
患者数が多い・緊急性が高いなどの「重点的に取り組むべき」疾病が厚生労働省によって定められている。これらの疾病は「目標」「求められる体制」を明らかにし、それを担う機関・施設とあわせて医療計画に記載することが義務づけられる。2013年、それまで4大疾病だったところに精神疾患が加えられ「5大疾病」となった。精神疾患患者(特にうつ病)の急増が背景となっている。
認知症の方の入院理由は「認知症だから」じゃなくて、いわゆるBPSD※3です。昔は問題行動とか周辺症状とかって言われてた、周囲の人に受け入れられにくいいろんな症状のことですね。
周囲の不適切なケアや、身体の不調や不快、ストレスや不安などの心理状態が原因となって現れる症状のこと。怒りっぽくなる、妄想がある、意欲がなくなり元気がない、一人でうろうろと歩き回る、興奮したり暴言や暴力が見られるなど。
それで最近問題になっているのが、BPSDに軽い意識障害がくっついてくる患者さんがいること。いわゆる「せん妄」を起こしたりするんです。深い意識障害は杉本先生のところでしょ?
そうですね。昏睡の患者さんなどは救急で診ていますね。
ですよね!だけど軽い意識障害の患者さんの鑑別をどうするかっていうのは、精神の医師と身体の医師が一緒に協議できる場がないとなかなかしにくいなということなんですよ。大平下病院がそのあたりを一緒に診れる病院だったらすばらしいなと思うんですね。
医療界でも「心と体の両方を診る」動きへ
研修制度が2004年にはじまったとき精神科は必修だったのに、そのあと「選択的」必修になった。でも、また必修に戻った。それはやっぱり人間は心と体でひとつやなあという考えが厚生労働省と一致したということなんだろうと私は思ってます。
逆に救急単科はなくなりました。
ええっ!救急ってめちゃくちゃ大事ですのに。それは知らなかった。
そのかわり、必ずやらなければいけない内科や外科が総合的判断・救急を重んじてきているので、単科が必要なくなったのかもしれません。
なるほど。今、杉本先生が仰ったように、総合診療科の評価はめちゃくちゃ高くなってますよね。精神科の病院はそういう医師がいないとだめよね、っていう雰囲気がどんどんできあがってきてます。
そのニーズはやはり高いのですね。単純に精神科の医師が体も診られたら解決してしまいそうな気がするんですが......やはりそこは連携してやったほうがいいものなんでしょうか。
もちろんそういう意見もありますよ。アメリカで「メディカルサイカイアトリー」※4というのをはじめた人がいました。精神科医がなんでも処置せえっちゅうけど、それはやっぱり能力的に無理ですわ。
精神疾患と身体疾患の合併している場合の医療。精神科医が心身両面にわたって、広く責任を持ち、主体性をもって治療にあたるという姿勢を基本とする。
確かに、昔だったらできたかもしれないですけど、今は内科も外科も知らなきゃいけないこともやらなきゃいけないことも細分化していますもんね。
患者さんが高齢になってくると、なんぼでも体の病気は出てきます。たとえば認知症やうつ病で精神科を受診されても、糖尿病が背景にあって体の細部を検査して繊細なコントロールが必要となってくると、精神科でフォローできませんからね。
同じ疾患でも、精神科にいるから内科と同等の治療が受けられないというのは不公平に感じますよね。そこを解決したいと。
逆に言うと、身体科の先生が精神もぜんぶ見たるで!っていうのもひとつの方法ですけどね(笑)
メディカルサイカイアトリーの逆ですね(笑)
私自身、救急をやるために総合的な研修を受けましたが、精神科の素養はまったくないので......研修で精神科が必修になるまでの世代っていうのは、身体科でジェネラリストとか総合診療医とかを名乗っていても、精神科がわからないというのはあるかもしれないですね。今の若い世代には精神科がしっかりトレーニングされるといいですね。
ほんとにそうですよね。ただ、まあ、やっぱり一人でなんでもかんでもやるっていうのは大変なんですよ。チームを組んでやるというのが今の段階の大きな目標だろうと思います。
一人ががんばるより、ですね。
そのために、精神の医師と身体の医師がフランクに話し合える場がないとね。
救急医が直面した搬送困難事例
内科をやっていても、救急をやっていても、精神科の要素が入るだけで大変になってしまうというのはあります。
典型的な2パターンがあって、1つは精神症状が強く出ているパターン。たとえば土曜日の夜に強い精神症状が出て自傷行為を起こした、自傷行為自体は未遂に終わったけれど、その強い精神症状が出ている患者さんを受け入れる場所がない。東京23区でどこも受け入れるところがなく、都内でも山の方の精神科病院まで相談し、それでも状況が動かなかったこともありました。
もう1つは身体症状に精神症状を併せ持っているパターン。昔は認知症の背景があるだけで普通の救急で受け入れてもらえなくて、ぜんぶ救命センターに集まってくるなんていう状況がありました。
2009年に消防法の改正がありましたが、救急搬送困難事例※5の大きな割合を「精神疾患・認知症・過量服薬・自損・アルコール」が占めているというのが大きかったですよね。
「医療機関への受入照会回数4回以上」かつ「現場滞在時間30分以上」の事案
精神科の治療っていうのは本人の了解を得ないと何もできないんですよ。
あるいは家族と意見が一致しなかったら何もできないとかね。そういう領域なんです。
だから身体科で「いつ心臓とまるかわからん」という人の管理をしてるなかで、精神科の患者さんがリストカットして「死にたいねーん!」とか叫んで歩きだしたりしてね、身体科の医師や看護師さんが困るのはよくわかるんだよね。よくわかります。
やっぱり精神科と身体科がしっかり連携をとって両方で診てあげたほうがいい。大阪ではそのための約束事の整備を都度見直しながらやっていますね。
そういった病院間のルールが整備されてきているというのはすばらしいですね。
これからの大平下
大平下病院には精神科医がいて内科医がいて、目指しているものの最小単位ができあがりつつあるとはおもいますが、どうでしょうか。
ただ、まだまだ知られてないですよね。
栃木市の人口が約15万人と考えると、大平下病院が受け入れている相談や入院の件数は少ない。「大平下病院がやっていくこと」が決まっているなら、そのための装置をそろえて、それを使えるスタッフを教育していかなきゃならないと思います。そこができたら自然に評判が広がりますよ。
体制をつくらなきゃいけないってことですよね。澤先生のおっしゃるとおり、患者を「待ち構えている」かというとまだまだですもんね。
医療が必要な患者さんをどんどん受け入れて、かといって昔の精神科の病院みたいに入ったら出さないっていう病院にしてもいけない。地域で精神疾患の患者さんが暮らしていけるように、外来であれ入院であれ、医療が常に見守ってるよって状態をつくらなあかんのです。
私ね、みんなに提案してることがあるんです。「ちっちゃくなった心を大きくし揺れてる心を平らにし高ぶった心を下に下げる」それが大平下病院だって(笑)
おお!ぴったりですね(笑)
まずはお電話でご相談ください